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「おもちゃ」総集編

3回にわたり思い出の強い「おもちゃ」について記述してきたが、今回は総集編という事で手元にあった沢山の夢を与えてくれた他の「おもちゃ」を、時代ごとに簡単に紹介してこの章の終わりとしたい。

 自分にとって記憶にある最初の「おもちゃ」は昭和40年代初頭に、市場の文房具屋の軒先にぶら下がっていた、竹ひごと半紙で作るプロペラ飛行機である。縦長の紙袋に竹ひごと輪ゴム、半紙等がはいっており、子供が作るのはほぼ不可能な程組み立ての難しい物であった。今でも、竹ひごをろうそくの火に近づけ温めてゆっくり曲げ主翼の先端部分にアールを付ける作業において、何回も失敗し折ってしまいイライラしていた父親の顔が思い出される。

 その後はプラモデルの登場である。ただ時代的に戦車・戦闘機・戦艦の戦争物がほとんどであった。弟なんかは戦艦を集めていた。

 次に完成されたミニカーが流行り、それに伴い電動で格納出来るタワー式の立体駐車場なども登場した。(これらは現在も販売されている)もの凄く欲しかったが買ってもらえず工作用紙で作ろうと試みたが駄目だった事があった。

 ゲーム機については、「魚雷戦ゲーム」「スパイ大作戦ゲーム」子供の麻雀ゲーム「ポンジャン」などを持っていた。なぜか大流行した「人生ゲーム」は持っていなかった。

 小学生後半からは、ラジコン・トランシーバー・トランジスタラジオ等の電気機器に興味がシフトして行った。(ラジオについては改めて別章を設けたい)

さて、このように昭和の多感な時期に夢のある様々な「おもちゃ」に接して来たが、今現在手元に残っている物は何ひとつ無い。自分で処分した記憶は無く、おそらく実家を離れてから親が処分したのであろう。TVなどで昭和レトロの「おもちゃ」の収集家などを拝見すると自分も持ち続けていたならと後悔している。

 先日、妻とスーパーに買い物に出かけた際、時間潰しに「おもちゃ」売場を覗いてみた。昭和の「おもちゃ」がパワーアップして復活して販売されているのを見て嬉しい気持ちになったと共に、いつまでも子供である自分自身を再認識させられた。

 いずれにしても持論ではあるが、昭和の「おもちゃ」は日本のものづくりの原点の様に思われ、大人たちが子供を喜ばせようと真剣に取組んだ「おもちゃ」産業は高度成長時代に大きな役割を果たしたに違いないと感じている。

                          ・・・・・次回は新章「自転車」

 
 

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